/////////////////////////////////////////////////////////////////
2014年10月13日(月祝)終了しました!
/////////////////////////////////////////////////////////////////
口笛の世界チャンピオン柴田晶子さんが奏でる、癒しの口笛コンサート。肩肘はらず、カフェでゆったりとアットホームに楽しむコンサートです。ベース見掛英治さんと優しい音を奏でるギター竹内一路さんの演奏、弦と口笛の違った魅力をお楽しみ下さい。
ライブのスタート時間は珍しく13:30から。1階でコンサート前にランチ、終了後のお茶もお勧めです!皆様是非お越し下さいませ〜
満席の場合はキャンセル待ちとなります。
※ラジカフェの場所が変わりました! 近鉄四日市駅より徒歩4分です。
<新店舗住所>
住所:510-0086 四日市市諏訪栄町1−6
TEL:059-352-4680
/////////////////////////////////////////////////////////////////
【出 演】 柴田晶子(口笛)/竹内一路(g)/見掛英治(b)
ウィスリッジ/Club Phuman(亀山)/武山鼓(口笛)
【場 所】 ラジカフェ アパートメント
【開 場】 13:30
【開 演】 14:00
【料 金】 前売 1,500円 / 当日 2,000円/小学生以下 500円
(+別途1ドリンクオーダー)
▶ ご予約・お問い合わせ
059-352-4680(ラジカフェアパートメント) locci@radicafe.com
059-324-8891(ROOT:Misaki)
▶ お越しの際は公共交通機関、または有料駐車場をご利用ください。
▶ 1階カフェは、通常営業しております。
▶ ご予約フォーム
※予定枚数に達し次第受付を終了致します。
/////////////////////////////////////////////////////////////////
【 柴田晶子 / Akiko Shibata 】
秋田県出身、北海道大学経済学部卒業。国際口笛コンクールにおいて、2010年(中国)および2012年(アメリカ)に女性成人部門で総合優勝。2014年(日本)は大会審査員を務め、その年最も活躍した口笛奏者に贈られる「Entertainer of The Year」を受賞。2011年からは毎年海外でも演奏し各地で好評を博す。様々なアーティストとの共演を通して、口笛の新たな可能性を模索している。また、テレビ・ラジオ・CM等での録音、口笛教室講師など、希少なプロ口笛奏者として多方面で活躍中。(TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』、NHKドラマ『ロング・グッドバイ』BGM、他)。
【 竹内一路 / Ichiro Takeuchi 】
1962年京都生まれ、三重県四日市市在住。2005年、フィンガーピッキングコンテスト最優秀賞2006年、米ナショナルフィンガースタイルギターチャンピオンシップTop5などギターソロ演奏で多くの賞を獲得。ソロ演奏以外にもアコースティックエレクトリック問わず、関西、東海を中心にあらゆるジャンルのアーティストとのセッション、レコーディング、サポートの評価も高い。
現在ソロ演奏の他
山崎のりこ(Vo)とのヴォーカルユニット”野分”
見掛英治(ベース)との十弦夢
など各地で活動中。
【 見掛英治 / Eiji Mikake 】
1952年 1月 12日 福岡市に生まれ、学生時代は大阪府吹田市で過ごす。高校(大阪府立桜塚高校)の時、MBS ヤングタウン(桂三枝)やABCヤングリクエストのキダタローのコーナーに出演する。 高校卒業後、奈良市へ移る。20歳から京都でバンド演奏をして生計を立てる。21歳の時、伝説のロックバンド『村八分』に加入。2枚組アルバムを発表後、活動休止のため脱退しディスコバンドを転々とする。 26歳の時に、音楽シーン脱東京を目指し、演奏以外の活動を始める。新人バンドを発掘プロデュースする音楽事務所を設立する。 その後、録音スタジオを三重県菰野町尾高高原に建設する。 建設後は利用者の国内外の多くのミュージシャンやプロデューサー、エンジニアと親しくなり、音楽理論、演奏技術、制作、録音技術を自然に学ぶ。その後、サラリーマンで営業をする。大手スーパーに商品を企画して売り込むが、この事が今の自分に一番役立っている。マーケッティング、タイミング、PR、プライスで同じ物でも、売れ方が全く異なることを学ぶ。39歳の時、四日市市にタウン誌の創刊に参加するために戻って来る。録音スタジオ時代には出来なかった地元音楽振興の運動を1992年から始める。実際に自分が動くのではなく、戦略を立てて効率良く動くことと、自分と同じことを多く考えている人と一緒に行動するのではなく、情報交換をして個別に活動することに徹した。ライブハウスは1軒しか無かったが、運動を始めた2年後に8軒もライブをするお店が増えた。練習スタジオ、野外イベント、ホームコンサートが増え、アコースティックパフォーマンス、ジャズ、女性ヴォーカルなどの動きはずっと思っていた願いが叶っている。現在は、音楽教室を開きながら、一貫性のない音楽活動を楽しんでいる。
【 柴田晶子 / Akiko Shibata 】
【 柴田晶子 / Akiko Shibata 】
秋田県出身、北海道大学経済学部卒業。国際口笛コンクールにおいて、2010年(中国)および2012年(アメリカ)に女性成人部門で総合優勝。2014年(日本)は大会審査員を務め、その年最も活躍した口笛奏者に贈られる「Entertainer of The Year」を受賞。2011年からは毎年海外でも演奏し各地で好評を博す。様々なアーティストとの共演を通して、口笛の新たな可能性を模索している。また、テレビ・ラジオ・CM等での録音、口笛教室講師など、希少なプロ口笛奏者として多方面で活躍中。(TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』、NHKドラマ『ロング・グッドバイ』BGM、他)。
【 竹内一路 / Ichiro Takeuchi 】
1962年京都生まれ、三重県四日市市在住。2005年、フィンガーピッキングコンテスト最優秀賞2006年、米ナショナルフィンガースタイルギターチャンピオンシップTop5などギターソロ演奏で多くの賞を獲得。ソロ演奏以外にもアコースティックエレクトリック問わず、関西、東海を中心にあらゆるジャンルのアーティストとのセッション、レコーディング、サポートの評価も高い。
現在ソロ演奏の他
山崎のりこ(Vo)とのヴォーカルユニット”野分”
見掛英治(ベース)との十弦夢
など各地で活動中。
【 見掛英治 / Eiji Mikake 】
1952年 1月 12日 福岡市に生まれ、学生時代は大阪府吹田市で過ごす。高校(大阪府立桜塚高校)の時、MBS ヤングタウン(桂三枝)やABCヤングリクエストのキダタローのコーナーに出演する。 高校卒業後、奈良市へ移る。20歳から京都でバンド演奏をして生計を立てる。21歳の時、伝説のロックバンド『村八分』に加入。2枚組アルバムを発表後、活動休止のため脱退しディスコバンドを転々とする。 26歳の時に、音楽シーン脱東京を目指し、演奏以外の活動を始める。新人バンドを発掘プロデュースする音楽事務所を設立する。 その後、録音スタジオを三重県菰野町尾高高原に建設する。 建設後は利用者の国内外の多くのミュージシャンやプロデューサー、エンジニアと親しくなり、音楽理論、演奏技術、制作、録音技術を自然に学ぶ。その後、サラリーマンで営業をする。大手スーパーに商品を企画して売り込むが、この事が今の自分に一番役立っている。マーケッティング、タイミング、PR、プライスで同じ物でも、売れ方が全く異なることを学ぶ。39歳の時、四日市市にタウン誌の創刊に参加するために戻って来る。録音スタジオ時代には出来なかった地元音楽振興の運動を1992年から始める。実際に自分が動くのではなく、戦略を立てて効率良く動くことと、自分と同じことを多く考えている人と一緒に行動するのではなく、情報交換をして個別に活動することに徹した。ライブハウスは1軒しか無かったが、運動を始めた2年後に8軒もライブをするお店が増えた。練習スタジオ、野外イベント、ホームコンサートが増え、アコースティックパフォーマンス、ジャズ、女性ヴォーカルなどの動きはずっと思っていた願いが叶っている。現在は、音楽教室を開きながら、一貫性のない音楽活動を楽しんでいる。
【 竹内一路 / Ichiro Takeuchi 】
【 竹内一路 / Ichiro Takeuchi 】
1962年京都生まれ、三重県四日市市在住。2005年、フィンガーピッキングコンテスト最優秀賞2006年、米ナショナルフィンガースタイルギターチャンピオンシップTop5などギターソロ演奏で多くの賞を獲得。ソロ演奏以外にもアコースティックエレクトリック問わず、関西、東海を中心にあらゆるジャンルのアーティストとのセッション、レコーディング、サポートの評価も高い。
現在ソロ演奏の他
山崎のりこ(Vo)とのヴォーカルユニット”野分”
見掛英治(ベース)との十弦夢
など各地で活動中。
【 見掛英治 / Eiji Mikake 】
【 見掛英治 / Eiji Mikake 】
1952年 1月 12日 福岡市に生まれ、学生時代は大阪府吹田市で過ごす。高校(大阪府立桜塚高校)の時、MBS ヤングタウン(桂三枝)やABCヤングリクエストのキダタローのコーナーに出演する。 高校卒業後、奈良市へ移る。20歳から京都でバンド演奏をして生計を立てる。21歳の時、伝説のロックバンド『村八分』に加入。2枚組アルバムを発表後、活動休止のため脱退しディスコバンドを転々とする。 26歳の時に、音楽シーン脱東京を目指し、演奏以外の活動を始める。新人バンドを発掘プロデュースする音楽事務所を設立する。 その後、録音スタジオを三重県菰野町尾高高原に建設する。 建設後は利用者の国内外の多くのミュージシャンやプロデューサー、エンジニアと親しくなり、音楽理論、演奏技術、制作、録音技術を自然に学ぶ。その後、サラリーマンで営業をする。大手スーパーに商品を企画して売り込むが、この事が今の自分に一番役立っている。マーケッティング、タイミング、PR、プライスで同じ物でも、売れ方が全く異なることを学ぶ。39歳の時、四日市市にタウン誌の創刊に参加するために戻って来る。録音スタジオ時代には出来なかった地元音楽振興の運動を1992年から始める。実際に自分が動くのではなく、戦略を立てて効率良く動くことと、自分と同じことを多く考えている人と一緒に行動するのではなく、情報交換をして個別に活動することに徹した。ライブハウスは1軒しか無かったが、運動を始めた2年後に8軒もライブをするお店が増えた。練習スタジオ、野外イベント、ホームコンサートが増え、アコースティックパフォーマンス、ジャズ、女性ヴォーカルなどの動きはずっと思っていた願いが叶っている。現在は、音楽教室を開きながら、一貫性のない音楽活動を楽しんでいる。